ひらがなは、大海から せり上がった言葉

ひらがなは、大海から せり上がった言葉

 




エッセイ ── 関 カオル

拙書「日本人とアセンション」より

ひらがなは、大海から
せり上がった言葉

真理・悟り・そして日本人がアセンションに最も近い理由

真理の大海から波のようにせり上がって言葉が生まれる——ひらがなとはその現れだ。華道も、茶道も、弓道も、同じ大海から生まれた表現だとしたら? 悟りとは、自我を持ちながらも、自分が神様だと気づくことだ。

関 カオル ── 著者・チャネラー / 拙書「日本人とアセンション」より

静寂の大海の中から言葉が生まれる——この感覚は、西洋の人々には理解が難しいかもしれません。西洋では、自然を「支配する」のが人間だという考えが根底にあるからです。しかし日本には、よろずの神が今も大切にされ、神道と自然との共存の文化が脈々と受け継がれています。ひらがなとは、その大海(真理)がせり上がって生まれた言葉——だとしたら、日本語を正しく使うことは、真理に繋がる行為そのものなのです。

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「悟りとは、自我を持ちながらも、同時に、自分が神様だと気がつくことなのです」



大海(真理)とは何か


第一章

真理の大海から波がせり上がる——言葉と芸道の共通の源

「真理の大海から波のようにせり上がって、言葉が生まれる」——これが、ひらがなの本質です。そしてここで気づいて欲しいのは、華道・茶道・弓道・武道もまた、まったく同じ大海(真理)からせり上がって生まれた表現だということです。

大海(真理)がせり上がって生まれた「言葉」と、大海(真理)がせり上がって生まれた「華道」——この両者は、源が同じです。どちらも真理の大海にしっかりと繋がり、「せり上がってきた波の現れ」として表現している。この状態を、難しく言うと「悟り」になるのです。

犬や猫、草花は難しいことを一切考えないので、ある意味最初から悟っているとも言えます。しかし自我が薄いので、厳密には少し違います——人間の凄さは、自我を持ちながらも、同時に真理の大海に繋がれることにあります。


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大海(真理)がせり上がって生まれた言葉、大海(真理)がせり上がって生まれた華道——この両者は、全く同じなのです。どちらも真理の大海に繋がり、せり上がってきた波の現れとして表現している。

── 関 カオル /「魔法使いの復活」より



悟りの三つの形



文化的な
悟り

華道・茶道・弓道・武道の中に宇宙の調和(完全なる美)を感じること。知的であり、文化的であり、自然と一体になった悟り。


自然との
一体

草花の中に完全なる美と宇宙の調和を見出すこと。自我を持ちながらも、自然と一体となった悟りの境地。


神との
同一

自我を持ちながらも、意識的に真理の大海に繋がり、「自分が神様である」と気づくこと。これが悟りの本質。



日本人とアセンション


日本語という真理の言葉

ひらがなを正しく使うと、
真理に繋がりやすい

日本人は、大海(真理)がせり上がって生まれたひらがなを日常的に使っています。正しく日本語を使うことで、真理に繋がりやすく、エネルギーが動く——これは、日本語という言語そのものが持つ、他の言語にはない特性です。

「道と悟り」——どこかで分かりやすくお伝えしたいと思いますが、結局、華道・茶道・弓道・武道はすべて、大海(真理)がせり上がって生まれた表現としての芸術なのです。

神道と自然との共存

日本人がアセンションに
最も近い理由

日本には数多くの神社があり、よろずの神が今も大切にされています。神道と自然との共存の文化が脈々と受け継がれているからこそ、日本人はアセンションに最も近い人々だと言われるのだと思います。

意識的に真理の大海に繋がることができるようになると、これは悟りを開いたことになります。


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人の凄いところは、神様と同じ世界を創造する力と自我を持ちながらも、同時に真理の大海に繋がることができること。意識的に真理の大海に繋がれるようになると、これは悟りを開いたことになります。

── 関 カオル /「魔法使いの復活」より



結び


結び

自我を持ちながら、神に気づく——それが悟り

悟りとは、一言で説明すると、自我を持ちながらも、同時に、自分が神様だと気がつくことです。自我を持ちながらも、華道・茶道・弓道・武道の中に美(完全なる美・宇宙の調和)を感じることができれば、これは文化的であり、知的であり、自然と一体になった悟りです。

自我を持ちながらも、草花の中に美(完全なる美・宇宙の調和)を見出すことができれば、これは自然と一体となった悟りです。日本人は、真理に繋がる日本語を使っているし、脈々と受け継がれてきた神道と自然との共存の文化が根付いている——だからこそ、日本人がアセンションに一番近い人々だと言われるのだと思います。

「道と悟り——華道も茶道も弓道も、大海から
せり上がってきた波の現れなのです」

── 関 カオル

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